「小さな王国」(谷崎潤一郎)

これを心理サスペンスと言わず何と言う

「小さな王国」(谷崎潤一郎)
(「日本文学100年の名作第1巻」)
 新潮文庫

「日本文学100年の名作第1巻」新潮文庫

「小さな王国」(谷崎潤一郎)
(「潤一郎ラビリンスⅤ」)中公文庫

「潤一郎ラビリンスⅤ」中公文庫

貧しい教師・貝島の学級へ、
沼倉という生徒が転校してくる。
彼は瞬く間に級友を掌握、
学級全員が彼の従僕となる。
やがて彼は学級内の身分を
細かく制定し、さらに
仲間内だけの紙幣をつくり、
貝島の学級は
彼の王国と化してゆく…。

谷崎潤一郎にこんな作品があったのか!
谷崎の文学世界の奥の深さに
またまた脱帽です。

転校生沼倉の
独裁的・専制的・封建的な人民統制、
そして共産主義的な経済政策など、
短編ながら読みどころ満載です。
こうした点については、
すでに専門的視点をもった方々の分析が
数多くネット上に存在していますので、
私は立ち入らないことにします。
私が注目しているのは
沼倉少年の人心掌握術です。

腕力は今ひとつのため相撲は弱いが、
喧嘩となると凜然とした意気を発揮して
相手の胆力を飲み込んでしまう。
力ずくではなく、
度量の広さを示して相手を心服させる。
そして平然と教師を巻き込み、
級友の忠誠度を試す。

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それが端的に表れているのは
修身(道徳)の授業で、
故意に私語をした沼倉を、
貝島が叱責した場面です。
「僕も一緒に立たせて下さい」と
次々に生徒が沼倉をかばうようにして
申し立てていきます。
背筋が寒くなる思いがします。

貝島はその沼倉の統制力を
利用することを思いつくのです。
教師が自分に刃向かわない限り、
沼倉は実によく
学級を管理していきます。
表面的な学級組織を無視し、
自分を頂点とした独裁的政治機構を
水面下で巧みに構築していくのです。
もちろん、貝島が沼倉を
手なずけているように見えて、
沼倉は巧みに貝島を利用しているのです。

極めつけは王国紙幣の発行です。
これによって最終場面では
こともあろうに教師貝島までが
沼倉の軍門に降ります。
「教師」という他から与えられた権威の、
なんと脆弱なものか。
それに比して
カリスマ的な人間の持つ「政治力」の、
なんと強大なものか。

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教師の心理の数歩先を行き、
貝島が気が付いたときには
すでに手の施しようがない状態まで
負の側面が広がっている恐怖。
これを心理サスペンスと言わず
何と言うのでしょう。
私が教員である分、
恐怖が倍加して襲ってきます。

妖しげな男女の関係を描いた名作群とは
明確な一線を画し、
現代にも通じる集団心理の恐怖を
展開させた
谷崎潤一郎の傑作短編小説です。
ぜひご賞味あれ。

〔「日本文学100年の名作第1巻」
          収録作品一覧〕

1915|父親 荒畑寒村
1916|寒山拾得 森鷗外
1918|指紋 佐藤春夫
1918|小さな王国 谷崎潤一郎
1919|ある職工の手記 宮地嘉六
1921|妙な話 芥川龍之介
1921| 内田百閒
1921|象やの粂さん 長谷川如是閑
1922|夢見る部屋 宇野浩二
1923|黄漠奇聞 稲垣足穂
1923|二銭銅貨 江戸川乱歩

〔「潤一郎ラビリンスⅤ」
         収録作品一覧〕

小僧の夢
二人の稚児
小さな王国
母を恋ふる記
或る少年の怯れ

〔関連記事:谷崎潤一郎作品〕

(2019.11.1)

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